奈良美智の日々

カテゴリ:日記( 168 )

3月15日

1984年が最初の個展。
あのちっぽけな、裏通りにある喫茶店の2階。
すれ違うことなんて出来ないような狭い階段。

自分でDMをデザインして作った。
渡された住所録を見ながら、そこにある著名な人々の住所を書き写した。

まさかなぁ~、なんて思ったけど、
やっぱり、著名な人々は誰一人やっては来なかった(笑)。

それでも、そのちっぽけなスペースでは過去最高の人が来た。
ほとんど名古屋の美大の学生だった。

もちろん、作品は売れるなんてことはなかった(笑)。



あれから・・・30年!

俺も歳取ったなぁ~。体がボロボロだ。
でも、信じられないくらいの収入があり、
信じられないくらいの税金を払っている。

嘘みたいだ。

おっかしいなぁ~、こんな未来じゃなかったのになぁ~。

なんだか、あの頃のままで、バイトしながら、
みんなから「あいつ、スゴイかも!」って思われてて、
「んなことないよぉ~!」って、笑いながら期待を背負ってた頃、
そんなあの頃のままで、生きているつもりだったのにな・・・


自由に生きるってのは難しい!
そりゃ~あの頃は簡単に自由に生きてたさ。

でも、今は違う。

ギャラリーが売り上げ金を払ってくれない!
それでいて、海外にも事業を拡大していってる!
っけど、まぁいいかぁ~、ってな具合には、いかなくなってしまった。
じゃ、そんなギャラリーは出て、ひとりでやっていこう!ってことになった。
それが、2013年1月だ~~~。


そんなこんなで、とってもギクシャクして体を動かしてた気がする。
清志郎は逝っちゃったし、微笑みを返すべき先輩は何処にいるんだろ?

ああ、いるね!ちゃんと、微笑み返せたぜ。「OK!チャボ~!」

さて、制作して、新たな自分を見つけて引っ張り出してくること。
それは、この歳あたりから、めっちゃ大変になってくるんだよな!

でも、全然OK!


いろんなことを乗り超えて、ロスでの個展も開催出来たし、
それはロンドン、デンマークに巡回することになった・・・Yeah~!

来年は、香港のアジア・ソサエティからマニラ、台北へと巡回する個展もある。

それ以外にも、個店の話はいろいろあるけれど、断ることでこうして両足で立てている。

これから、どういうふうに絵が変化していくのかは予想がつかないけれど、
常に昨日の自分を、今日に繋げるようにして制作していけば、問題ないさ!!!
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by ynfoil | 2014-03-15 05:26 | 日記 | Comments(0)

3月12日

今日は33才で亡くなったCranford Nixの命日。
知らなくていい人は、たくさんいるだろうけれども、
知ってほしい人も、きっとどこかにいる。

THE BLUE HEARTSが歌う、ドブネズミのような奴に、
Cranfordを知らなかったけれども、哀しみを知っている奴に、
届けばいい、と思ってこうして書いているのだ。

自分の絵も、届いてほしい人々に、
寡黙なドブネズミのような仲間に、
届いてくれればいいと、いつも思っている。

A Heart That Ain't Ever Been Pure
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by ynfoil | 2014-03-12 06:07 | 日記 | Comments(0)

3月2日 LA


何年振りかな~?
ノナに会えたよ~。
やっと、会えた。
ほんと、あの時は「イースタン好きなんだぁ~?!」って感じで。
「また会おう!」とか、俺、言っちゃって。

やっと会えたな!「押忍!」

ホテルに帰って、ノナの手紙みたら、
『「また会おう!」って言った、約束をちゃんと守ってくれた!』って。

お~、そりゃ~、あたりまえだ。
俺にしてもれば、昨日の約束みたいなもんだ。

これからも、よろしく!
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by ynfoil | 2014-03-02 04:44 | 日記 | Comments(0)

3月1日 LA

ロスの展示が終わって、無事にオープニングを迎え。
評判も悪くないけど、抜け出てる感じは無い。

そんなもんだよな~。
それが、自分が一番よく知ってる実力ってやつさ。

だからこそ、自分はみんなと楽しくやれているのかもしれない。

デュッセルドルフ時代からの古き友、メアリーに、
ノナにアーチーに、ルネ!ブリジット!

嗚呼、生きてるってことは、生き続けてるってことは、
また再び、こんな仲間と会えるってことなんだな~。
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by ynfoil | 2014-03-01 04:49 | 日記 | Comments(0)

2月21日


この前のROOSTERS磔磔ライブがDVDになる!
・・・ということなのだが、なぜか、この自分にそのライナーノーツ依頼がきた!
嘘みたいだよな~、でも本当。

恐れ多いなぁと思ったけど、自分には書くには充分なROOSTERSキャリアがあると思った。
だってさ、あの時のオーディエンス、ほとんど99%以上は年下だったもん!
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by ynfoil | 2014-02-22 04:46 | 日記 | Comments(0)

2月1日

自分は、美術関係者の目に留まる前に世の中に出てしまった。

思い出すのは、30歳の頃にwaveっていう雑誌に載ってた『90年代に注目するべきアーティスト』みたいな記事。著名な評論家たちが、それぞれに90年代に有望な作家の名をあげていた。僕はそこにある名前を、遠い人たちとして見ていた。当時、ひとりのアーティスト志望の学生としては(まぁ30歳ではあったけど、ドイツの美大で学生だった)そこに書かれた名前は、会うこともないような人たちなんだっていう気がしていた。

僕の名が、90年代後半にあっと言う間に日本で広まったのは、美術専門誌の記事のせいなんかではなく、角川書店から出版された『深い深い水たまり』という画集、そして角川の月刊誌『月刊カドカワ』での特集なんかにあったはずだ。それに加えて、当時はドイツという異国に住んでいて、今のようにインターネットで時差も距離も関係なしに情報交換できる時代ではなかったこと。そういうことで、日本の美術関係者との接点がなかったのだけれど、それでいて、新しいものに敏感なファッションや流行雑誌の編集者が記事を書いてくれたことがある。『Feature』って雑誌には、篠原ともえちゃんとの交換絵日記みたいな連載も持っていたし、ROCK’IN ON社の『H』にも『ちいさな星通信』を連載していた。まぁ、美術界よりも、そっちの世界でのデビューが早かったということだ。そしてそれ故にか、日本の美術界での位置付けが決定してしまったと思う、のは自分だけなんだろうか?

今、この時点ですら、自分がコンタクトをとって会えるような評論家は松井みどりさんくらいだ・・・。もちろん、会って話してみたい評論家の方々はいるのだけれども、よくわからない自分のコンプレックスゆえに行動できないでいる。美術館の学芸員にしても、気兼ねなく連絡できる人は片手で足りる。そして、彼らときちんと美術の話をしたことがあるかと問えば、1、2度しかないのだ。そうなのだ、自分は明らかに美術関係者たちが美術を語り合う場所にはいない。

しかしながら、日本のアートシーンの中で、自分の名前がどこかにあったりするのだけれど、そこにいるという実在感が自分にはない。そりゃ、朝まで美術のことなんか語り合ってみたいとは思う。しかし、明らかに語り合う相手がいないのだ。都内のオープニングパーティにも顔を出さず、どちらかというとライブにばっかり顔を出している。美術をやってる友達が、この日本に少なすぎる!一体どうしたら、アーティスト仲間みたいな関係ができるんだろう。今、自分が絵の話をしたできるのは、かつて先生をしてた頃の元生徒数名と、大学で同時期に学んでいた小林(孝亘)や、むっちゃん(村瀬恭子)、そして村上隆さんくらいだ。

と、思ったりするが・・・最初の話に戻るけど、自分はこの国で、現状にある位置まで来るべき作家ではなかったと思うのだ。作風の親しみやすさや、それによるオーディエンスの動員力、あるいはその手の絵のパイオニアとして、この国の美術界の中では認知される気がしている。日本では、ほんとに実力以上の名声を得ている。それが、とても辛いのだ。

たとえば今、ニューヨークで発表しているギャラリーはPACEという、20世紀美術の王道を扱うようなところだ。美術学校出身の自分にしてみれば、夢のようなギャラリーで、頭を捻りながらも喜んでしまう。でも、なんかしっくりこない感じは今この瞬間にも自分に付きまとっている。

自分の作画テクニックなんて、20年前とさして変わらないし、知識だって真面目な美大生くらいのものだろう。ただただ、経験だけが厚みを増している。感性にも進歩は無い(いや、これに関してはそれでいいと思うが)、年上というだけで、才能ある後輩たちから敬語で話しかけられる辛さ。

しかし、それが音楽の世界になるとちょっと違う。僕は音楽を生業としていないから、ミュージシャンというだけで一目置いてしまうし、彼らにしても画家というだけで、自分に一目置いてくれる。そう、簡単に言えば、自分はただの音楽好きの絵描きというポジションでいたいのだと思う。そうでなければ、自分のやってきたこと、やっていることはあまりにも学術的に論ずることが難しい、つうか、専門的に論ずる意味も意義もない気がする。要は、今ではなく、数年後、数十年後、百年後、になんの先入観もなく、絵を鑑賞されて語られるかどうかなのだ。

そんなこんなで、日本の美術の世界で、自分はいわゆる日本代表にはなれないだろう(それは、とても助かるけれども)。でも外国から日本代表と言われることは、僕を苦しめない。なぜなら、僕は日本というよりは『自分』の価値観で生きていて、『日本』ということで評価されることに違和感を覚えるのだから。ということで、『日本』ということではない、海外の多様な価値観で評価されたり、人気が出ることこそが、むしろ嬉しいことなのだと思う。もちろん、海外の日本好きな人たちの中で、そういう価値観で僕の絵を好きな人たちがいることも知っている(が、それは論外だ)。クリーブランド現代美術館での個展オープニングの時に、日本の大学に留学していたというだけで、日本人の個展にやってきた、彼の名前が漢字で入ったハッピを着てきた人のように論外だ。

でも、もう時効だと思うけど、あの有名な韓国のアイドルグループからのマル秘コラボ依頼とかは、やっぱ違うし、有名デザイナーやブランドからの依頼は断って正解だと思っている。もちろん、自分の中にある何かしらの欲は、そういうオファーを受けなかったことを悔やんでいる・・・が、それを断るという自意識が勝ったのだ。自分がオファーを受けて断った、めっちゃ有名な人々を自慢したい!(ってのも、なんとか欲だよな・・・)。世の中の人々は、常に何かしら話題を提供されていないと、作家はエスタブリッシュしていないと思うものだ。しかし、今生きている作家はみんな、百年後にはこの世にいないのだ。

まぁ、とにかく、普通に絵を描いていける環境を保っている現在に感謝。音楽を通して知り合った純な人々に感謝。いつもいつも、変な欲に流されそうになる時に、一番大切なものが何であるかって、肩たたいて思い起こさせてくれる曲たちに感謝。ほんと、こんな広い場所で絵の具代なんて気にせずに絵を描けることに感謝。そんなところへ導いてくれた人生に・・・感謝はないなぁ・・・まだ現在進行形だからな。だから、感謝するのではなくお願いする!

「初心を忘れずに進みますから、この人生を、今まで歩いてきたように、これからも歩かせてください!」
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by ynfoil | 2014-02-01 16:43 | 日記 | Comments(1)

1月31日

なんと!久々に午後6時、日没後に起床。よく寝たなぁ~。

それでも、いつものことだけれど、すぐには制作にとりかかれない。
4時間近く、スタジオの中で本を読んだりして、心と体のエンジンを温める。
それから冷静に絵を観て、頭の中で描くところをシミレーションしてみる。

しかし、ここまで出来てたら、あとはあんまり描かないほうがいいことは確かだ。
それ以上やっても劇的な変化が期待できないと思った時が、筆を置く時だ。
そうでもしなきゃ、また全部塗りつぶして、同じキャンバスで最初から描き始めることになる。

これはこれで完成として、次の絵に向かおうと常に自分に言い聞かせるのだ。

細部は絶対に描き込まない。描き込むことは自分の言いたい事を隠していく。
向かって右の眼のトーンをちょっと落として、完成。

これで、3月のLA個展の出品作は揃った。

この正面で動きの無いポートレイト絵画は、日々のドローイングの対極にある。
また、ビルボードという手法を取ることで、更にキャンバス絵画は動きの無い、対面型となった。

これからは、感情的なドローイングをなるたけ描かずに過ごしたい。
ドローイングでも、もっと絵画的な、というか思考的な展開ができたらいいなぁ。

そして絵の方は、もっとドローイング的な、かといって下書きのあるビルボードとは違う風に描いてみたい。
それはきっと、大学卒業の頃の画風に戻っていくようなことになるかもしれない。

自分史の中での新古典主義だ。

出来るかなぁ・・・きっと時間がかかるだろうなぁ・・・。
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by ynfoil | 2014-02-01 03:34 | 日記 | Comments(0)

1月29日 朝

なんとはなくアベレージに引っ張ってきた感はあるけれども、
なんだか冒険が足りないというか、イマイチぱっとしない。
肩先にかかる髪の毛の処理、そのイメージもわかない。

バックの色を少し強めに考えようか・・・緑っぽい色とか(冒険!)。

口の赤も抑え気味にして、どちらかというと黒っぽい山葡萄っぽい色に。

髪の毛、やっぱ最近の処理の仕方でやってみようか・・・
とにかく、バックを緑っぽくするって決めただけで、もう少し進める!

服の色、まったくアイディアが浮かばない・・・・
髪の毛もナリでやっていってる・・・・
ただ、顔の色だけはちゃんと決めれるはずだ。
ちょっと白っぽい顔色を・・・赤っぽくは出来ないなぁ・・・
黄色っぽくても気持ち悪い・・・秋田美人風の色白に!

悔しいなぁ~。悔しい~。
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by ynfoil | 2014-01-29 07:06 | 日記 | Comments(0)

1月25日 朝

めっちゃ底の厚いラバーソールを履いて山登りしてるようだ。
一筆一筆が重い・・・と感じるのは付ける絵の具の量もあるのか。
今までより確実に絵の具の減りが早い。
そして原色を置く場所、つうかタッチを多用しすぎている。
しかも画面上の色のコントラストが強すぎて、
どこまで先を考えて色を置いてるのか、自分で不安になってくる。

全体が見えているのかいないのか。
ひとつ前の絵から、あまりにも遠くに冒険しすぎている。
呑気で楽天家の自分でも、これじゃ~不安になってくるではないか!

しかしながら、構図は安定してきた。
ヘアスタイルが決まりさえしたら、それは問題ない。

中間色を多用して、コントラストを弱くするべし。
濁った色の組み合わせが、全体を見た時に汚く見えないようにするべし。

それがうまくいったらば、冷静にチェックするべし。
描かれている人は、他を無視してもいいが、俺と対話しているか?
情けないような眼で、グラビアモデルのように媚びを売ってないか?
意志を持って、俺と対話してくれるなら、良い出来だし、
そうでなければ・・・ん~、そうでなければ・・・イマイチの出来だ(笑)

ちょっとピントが甘かったら、もう一枚描けばいい!
つうことで、完成に向けてスパートするべし!
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by ynfoil | 2014-01-25 05:00 | 日記 | Comments(0)

2003年6月5日の日記

1月18日の、道産子フレンズの冒頭の『赤坂Blitz』
以前の日記から2003年の6月5日であることが判明。
齋藤奈緒子さんと、やっぱ同郷のヒロシと観に行ってた。
以下にその時の日記を引用して、今再び(つうか、何度でも何度でも)気合を入れる!


 2003年6月5日

赤坂ブリッツでイースタンユースのライブ。
ひろしと齋藤奈緒子さんと一緒に観る。

イースタンの真摯な姿勢に自分の臆病さを恥じる。
今日がツアー最終らしいが、彼らはいつも全力投球だ。

ライブ終了後に吉野くんと初めて対面。
「いつか会わねばと思ってた」という彼の言葉に、自分自身が奮い立つようだ。
今の自分じゃ恥ずかしいが、俺は今日を越えて生きていきたい!
今度会う時はもっと堂々としていたい。

イースタンユースに忘れかけてた力をもらった気がする。
そう、忘れかけてただけなんだ。
その力を俺は本来持っているんだ。

LA.MOCA用のエディション案を考える・・・
お面にしようかと思ってアイデアスケッチを数枚。
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by ynfoil | 2014-01-22 22:56 | 日記 | Comments(0)