奈良美智の日々

カテゴリ:日記( 168 )

8月1日


いつものことだけれども、制作はサクサクとは進まない。
そう、ほんとにいつものことだ。

世の中のいろんなことに、目が奪われ過ぎている。
でも、眼を反らしてはいけないことがある。

レゾネを開いて、過去のドローイングを見てみる。
改めて、戦争反対をテーマにしたものが多いことに気付く。
自分はいつだって戦争反対だったじゃないか!

ガザやウクライナのことでTwitterを埋めていくと、
面白いようにフォロワーの数が減っていく。
フォローを解除する彼らは、戦争賛成なんかじゃなくて、
単純にそういうものを見たくないだけなんだろう。

しかし、僕は見る。
ガザで生きる医師のツイートも、少女のツイートも。

決して、自分が何か救済できるとは思っていない。
ただ、何が起こっているのかを見る。

自分は右翼でも左翼でもない。
力によらない世界平和を望んでいるだけなんだ。

かつてヨーロッパに12年間住んで、
一度も日本という国家を誇れることはなかった。
国家、政を行う政治家たちを誇ることは出来なかったが、
日本の文化、伝統、革新していく技術に、働く人々、
それと、田舎に住む普通の人々の暮らしは、
かのクール・ジャパンよりも、胸を張って誇ることが出来た。
というよりも、ヨーロッパで出会った人々が、
そういう日本を称賛してくれたのだ。

日本を離れたことで、ドメスティックな考えに陥らず、
ヨーロッパ的な視野で母国を見ることが出来ていたと思う。
また、韓国や中国、他のアジアの留学生と接して、
アジア諸国から見た日本も感じることが出来た。

留学生という、異国の中での同じ境遇で語り合うということは、
その地でのマイノリティという共通意識が作用して、
極めて自然に、人間同士として話していた。
彼らの母国に在る観念的な日本像を超えて、
彼ら自身が彼ら個人の考えを持つことが出来ていたからだとも思う。

僕自身、元々は自由主義者のように適当に生きてきた。
けれども真に自由や平等や友愛に関して考えるようになったのは、
12年という時間を、ドイツ人やアジア人たちと接してきたからに違いない。

「あなたは、何人か?」と聞かれれば、
「国籍は日本人だが、基本的に自分は人間だ」と答える。
「大和民族か?」と問われれば、
「わからない。自分は人間だ」と答え続ける。

僕の祖先は、ずっと東北の果て青森に住み続けていた。
大和ではなく、蝦夷(えみし)と呼ばれた人々が祖先だろう。
けれども、僕は国や民族の中に自分を埋め込みたくはない。

ずっと「自分は、人間だ」と答え続けるだろう。
何故なら、その「人間」という言葉が好きだから。
この地球上に住む生物の中で、
唯一「夢」を持つことが出来る生き物、
それが「人間」だから。

ずっと「人間」でありたい。
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by ynfoil | 2014-08-01 05:25 | 日記 | Comments(0)

おしめ!

 母は、僕が赤ちゃんだった頃に使っていたオシメを、ずっと保管していた。

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 柄がかわいい・・・50年代後半のデザイン。 なんだか犬が自分の作品みたいだ。

 
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by ynfoil | 2014-06-14 02:08 | 日記 | Comments(0)

物心つく頃から・・・

自分はけっこう覚えてることが多くて幸せな気がしてる。

景色や音や間取りや事件・・・
保育園の靴箱のディティールが思い出せることが嬉しい。

夢に出てくるように、記憶の引き出しのどこかに、画像として残ってるんだなぁ。
脳ってスゴイね!


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しっかし、あの頃の保育園はボロっちいなぁ~。
翌年に新園舎が出来て、引っ越したんだっけ。

孤児院を併設してた保育園だった。
花園保育園は、僕が生まれる6年前の昭和28年に開園した。
たぶん、旧日本軍の宿舎を改装して始まったんだと思う。
元々は明治時代に個人によって設立された孤児院が母体だ。
老人救護院や精神病院も併設していたのを考えると、よほどの慈善家だったのだろう。
老人救護院は、僕が小学校に入るころには県内初の養護老人ホームとなる。

ネットで調べたら佐々木五三郎という人が、明治35年に創設した東北育児院が始まりだった。

夕方5時になると鐘が鳴って、子供心にもなんだかいい感じだった・・・けれど、
みんな、お母さんたちが迎えに来るのだけど、自分は一人で帰ってたなぁ。
母が働いてたから仕方ないけれど、誰もいない家には帰らず、
大きな通り沿いにある、遠い親戚の造花屋さんのとこに帰ってた。
そこで時間をつぶして、夕方遅くに母が迎えに来るというパターンだった。

造花屋さんをやってる伯父さんは片足が悪くて、外に出る時はいつも松葉杖だった。
伯母さんは下半身不随で、いつも畳の上をイザって移動してたけど、なんでも出来た。
子供がいないのか、あるいは自立してしまったのか、二人きりで住んでいた。
だからかどうかわからないけれども、ふたりは小さい自分にとても優しくて、
僕は伯父さんの仕事を観ているのが好きで、いつもおとなしくずっと観ていた。
茶碗一杯ほどのご飯を、丸い棒を使って練り、糊を作る手際の良さもはっきりと思い出せる。
そうだ、伯父さんの隣の家には、自分と同じ年の男の子がいたけれども、
小学校へ入学する前に交通事故で亡くなったのを思い出した・・・。
通りに面したその家の縁側から、その子の写真が飾られてる仏壇が見えて、
僕はいつも精一杯に屈んで通り過ぎていた。
それは、写真のその子と目が合うからではなく、
彼の家の人に見られることが、悪いことのように思えたからだった。

造花屋の伯父さんを、僕は『ハッコのオド』と呼んでいた。
あ、ということは、ハッコのお父さんなのか!

竹ひごや綺麗な紙を使って、仏様の前に供える造花を作っていくオドはカッコ良かった。
夏のネプタ祭りに備えて、金魚ネプタも作っていたし、凧絵も描いてた。
親戚中を見渡しても、一番クリエイティヴな人だったなぁ・・・

松葉杖を抱えながら、片足で自転車を漕いでるハッコのオドはカッコ良かった。

小学校に入ると、オドのところへは寄らずに帰るようになってしまった。
4年生の夏休み、宿題の工作で小さなネプタを作ることにして、オドに作リ方を聞きに行ったことがあった。
久しぶりに会ったオドは、僕に作らせず、勝手に全部作ってしまって、僕を困らせた。

いろんな場面、そのディティールさえ、僕はまだ鮮明に覚えてる。
自分の家の間取りや、畳の擦り切れた部分さえ思い出せる。
眼をつぶれば、真夜中、トイレに行くときに入れた電気のスイッチの位置さえわかるのだ。

それから、家の庭にあったブドウの木。
木の根元に夜店で買った亀をつないでた。
イチゴも作ったし、鶏も飼った。
隣の家には羊がいたし、馬がいる家もあった。
平屋の赤い屋根に上って、遠くに花火大会を観た。
遠い遠い川にかかる橋の欄干の灯りも見えた。
夜空に広がる星々がきれいだった。

そんな丘の上の一軒家。
その一軒家は小学校高学年の頃に増築して2階建てになった。
周りには家が建ち並んで、いっぱしの住宅街になってしまった。
そして、僕がドイツにいる間に建て直しをして、僕の部屋は消えた。
ハッコのオドは、僕が家を離れてる間に亡くなってしまってた。
あの頃の家はもちろん、伯父さんたちも、この世には存在してはいないんだな。

それでも、僕は、まだまだいろんなことを思い出せている。
それは、決して感傷的な気持なんかではなくて、
そんな思い出とずっと一緒に生きていて、これからもそうなんだろうっていうことだ。

50歳を過ぎて、人生を折り返し、未来よりも過去のほうが多い状況。
過去を大切にして、まだまだ思い出せてないことを思い出したい。
未来だって、思い出すために存在している気がしてくる。
良い未来を作りたい。

たとえば30年後に、今のこのスタジオのディティールを日記に書くために、
今聴いてる曲を、間違いなく思い出すために、今日を生きよう!

毎日、悔い無く生きよう!

空の上にいる、優しかった伯父さんに伯母さんたち、お爺さんにお婆さん、
まだまだ生きていくだろう俺は、頑張ります!

それから、死ぬまで反抗し続けてきて、飛行機の時間をわざと遅らせて、
火葬の時間は元より、葬式にまで遅刻して行った自分だけど、
思い出すほどに、父には愛されていたのだと感じます。

頑張ろう!

この、頑張ろう!って言葉。
頑張るのが当たり前だと思ってた頃は、絶対に使わなかったし、人から言われるのも嫌だった。
でも、2011年の震災の後、当たり前に頑張ることが難しくなってきて、今は素直に言えるようになった。

頑張ろう!


PS.庭にあったブドウの木は、絶対にスチューベン!
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by ynfoil | 2014-06-11 04:19 | 日記 | Comments(0)

初個展から30周年!

30yrs from 1984 first solo show

2014
Print Works, Satellite, Okayama, Japan
Sawada Mansion Gallery, Kochi, Japan
Blum & Poe, Los Angeles, CA

2013
Pace Gallery, New York, NY

2012
NARA Yoshitomo: a bit like you and me…, Yokohama Museum of Art, Yokohama, Japan; traveled to Aomori Museum of Art, Aomori, Japan; Contemporary Art Museum, Kumamoto, Japan
The Little Little House in The Blue Woods, Towada Art Center, Aomori, Japan
Yoshitomo Nara Prints, 8/Art Gallery/Tomio Koyama Gallery, Tokyo, Japan

2011
Print Works, Roppongi Hills A/D Gallery, Tokyo, Japan

2010
ceramic works, Tomio Koyama Gallery, Tokyo, Japan
Yoshitomo Nara: Nobody’s Fool, Asia Society, New York, NY
New Editions, Pace Prints, New York, NY

2009
Marianne Boesky Gallery, New York, NY
The Crated Rooms in Iceland – Yoshitomo Nara + YNG, Reykjavik Art Museum, Reykjavik, Iceland

2008
Yoshitomo Nara with Installation by YNG, Blum & Poe, Los Angeles, CA
Yoshitomo Nara + graf, BALTIC Centre for Contemporary Art, Gateshead, UK
Galerie Zink, Munich, Germany
Galerie Meyer Kainer, Vienna, Austria
Chaguin, Misako & Rosen, Tokyo, Japan (collaboration with Hiroshi Sugito)

2007
Torre de Málaga, Centro de Arte Contemporáneo de Málaga, Spain
Yoshitomo Nara + graf, GEM, Museum of Contemporary Art, Den Haag, Netherlands
Johnen + Schöttle, Cologne, Germany
Berlin Baracke, Galerie Zink, Berlin, Germany

2006
Moonlight Serenade, 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa, Japan
Yoshitomo Nara + graf: A to Z, Yoshii Brick Brew House, Hirosaki, Japan
Stephen Friedman Gallery, London, UK

2005
Home, graf media gm, Osaka, Japan
Marianne Boesky Gallery, New York, NY

2004
Yoshitomo Nara: From the Depth of My Drawer, Hara Museum of Art, Tokyo, Japan; traveled to Kanaz Forest of Creation, Fukui; Yonago City Museum of Art, Tottori; Yoshii Brick Brewhouse, Hirosaki, Aomori; Rodin Gallery, Seoul (cat.)
Galerie Meyer Kainer, Vienna, Austria
Nowhere Land, Galerie Johnen & Schöttle, Cologne, Germany
Yoshitomo Nara: New Works 2004, Blum & Poe, Los Angeles, CA
Somewhere…, Galerie Zink & Gegner, Munich, Germany (collaboration with Hiroshi Sugito)
Shadow Puddles, graf media gm, Osaka, Japan
Over the Rainbow: Yoshitomo Nara and Hiroshi Sugito, Pinakothek der Moderne,
Munich, Germany; traveled to the K21, Düsseldorf, Germany

2003
Yoshitomo Nara: Nothing Ever Happens, Museum of Contemporary Art, Cleveland; traveled to Institute of Contemporary Art Philadelphia, PA; Contemporary Art Museum St. Louis, MO; San Jose Museum of Art, San Jose, CA; Contemporary Museum, Honolulu, HI
S.M.L., graf media gm, Osaka, Japan
Galerie Zink & Gegner, Munich, Germany
New Drawings, Tomio Koyama Gallery, Tokyo
The Good, the Bad, the Average.... And Unique, Little More Gallery, Tokyo, Japan
Stephen Friedman, London, UK

2002
Saucer Tales, Marianne Boesky Gallery, New York, NY
Who Snatched the Babies?, Centre National de l’estampe et de l’arte imprimè, Chatou, France
12 Etchings, Space Force, Tokyo, Japan

2001
In Those Days, Hakutosha, Nagoya, Japan
NARA Yoshitomo: I DON’T MIND, IF YOU FORGET ME, Yokohama Museum of Art, Yokohama Japan; traveled to Hiroshima Museum of Contemporary Art; Ashiya City Museum of Art;
Asahikawa Prefectural Museum of Art; Aomori Museum of Art; Hirosaki Yoshii Brick Brewhouse, Hirosaki, Japan (cat.)
Drawings Days, Collette, Paris, France
Clear For Landing, Galerie Michael Zink, Munich, Germany
In the White Room: An Exhibition of Paintings and Drawings, Blum & Poe, Santa Monica, CA

2000
Stephen Friedman Gallery, London, UK
In the Empty Fortress, Galerie Johnen & Schöttle, Cologne, Germany
Lullaby Supermarket, Santa Monica Museum of Art, Santa Monica, CA
Walk on, Museum of Contemporary Art Chicago, Chicago, IL

1999
Done; Did, Parco Gallery, Nagoya, Japan
Happy Hour, Hakutosha, Nagoya, Japan
Somebody Whispers in Nürnberg, Institut fur Moderne Kunst Nürnberg, Nürnberg,
Germany (cat.)
Pave Your Dreams, Marianne Boesky Gallery, New York, NY
An Exhibition of Sculpture in Two Parts, Blum & Poe, Santa Monica, CA
Walking Alone, Ginza Art Space, Tokyo, Japan (cat.)
In the Floating World, Nadiff Gallery, Tokyo, Japan
No, They Didn’t, Tomio Koyama Gallery, Tokyo, Japan

1998
Institute of Visual Arts, University of Wisconsin, Milwaukee, WI (cat.)

1997
Blum & Poe, Santa Monica, CA
Screen Memory, Tomio Koyama Gallery, Tokyo, Japan
Lonesome Puppy, Hakutosha, Nagoya, Japan
Drawing Days, Hakutosha, Nagoya, Japan
Sleepless Night, Galerie Michael Zink, Regensburg, Germany
Yume Ooka Art Project, Yokohama, Kanagawa, Japan

1996
Galerie Johnen & Schöttle (with Karen Kilimnik), Cologne, Germany
Lonesome Puppy, Tomio Koyama Gallery, Tokyo, Japan
Hothouse Fresh, Gallery Hakutosha, Nagoya, Japan (cat.)
Empty Surprise, Artium, Fukuoka, Japan
Cup Kids, Gallery Hakutosha, Nagoya, Japan

1995
Cup Kids, Museum of Contemporary Art, Nagoya, Japan
Pacific Babies, Blum & Poe, Santa Monica, CA
In The Deepest Puddle, SCAI The Bathhouse, Tokyo, Japan (cat.)
Nothing Gets Me Down, Galerie Humanite, Tokyo, Japan (cat.)
Oil on Canvas, Galerie Humanite, Nagoya, Japan (cat.)

1994
Lonesome Babies, Hakutosha, Nagoya, Japan (cat.)
Hula Hula Garden, Galerie d’Eendt, Amsterdam, Netherlands
Christmas For Sleeping Children, Itoki Crystal Hall, Osaka, Japan (cat.)

1993
Galerie Johnen & Schöttle, Köln, Germany
Be Happy, Galerie Humanite, Nagoya & Tokyo, Japan (cat.)

1992
Loft Gallery, Deventer, Netherlands
Drawings, Galerie d’Eendt, Amsterdam, Netherlands

1991
Harmlos, Galerie im Kinderspielhaus, Dusseldorf, Germany
cogitationes cordium, Galerie Humanite, Nagoya, Japan
Galerie d’Eendt, Amsterdam, Netherlands

1990
Galerie d’Eendt, Amsterdam, Netherlands

1989
Irrlichttheater, Stuttgart, Germany

1988
Innocent Being, Galerie Humanite, Nagoya & Tokyo, Japan
Goethe Institute, Dusseldorf, Germany

1985
Recent Works, Gallery Space to Space, Nagoya, Japan

1984
Wonder Room, Gallery Space to Space, Nagoya, Japan
It’s a Little Wonderful House, Love Collection Gallery, Nagoya, Japan
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by ynfoil | 2014-05-31 22:08 | 日記 | Comments(0)

かつての生徒たちへ

僕はかつて、美術系の大学へ進学しようとしてる高校生たちの先生をしていた。

あの頃から・・・もう何年も経ってしまったんだなぁ・・・

ずっと絵を描いてきて、いっつも生徒たちのことを想うことで、頑張れた。
特にドイツにいた12年間は、まったくもってそうだった。

もうみんな、自立して立派に生活していることだろう・・・

僕は、いつまで経っても、あの頃の世界に生きているようで、人間的には進歩がないよ。
でも、美術の世界じゃ、けっこういっぱしの存在になったぜ!
いつの間にか、先輩が少なくなって、後輩ばっかりが増えていってる。

単なる絵描きなのに、なんだか芸能人のようなリアクションを受けたりするようになってしまってさぁ。
国民的アイドルグループのリーダーと知り合いになったからかなぁ、とか思うんだけど・・・

以前なら、メディアに登場すると、みんな喜んでくれたよなぁ!?
でもさぁ、最近の君らはそんなことに嫌な気がしてるかもしれないな・・・

自分だって、そうなんだ。

自分がこの世から消えてしまっても、作品だけが・・・
そう、作品だけが、ずっと残っていけるように!
・・・そんな絵を描くことを意識して努力してるんだぜ、俺はよ~!

今、ここにいる自分なんかよりも、自分が消えても残っていくものを作りたいんだ。
ずっとずっと先に生まれてくる人たちに、この感情を伝えられることを夢見ているんだ。



そうだなぁ、まぁ、人生はまだまだこれからだよなぁ。
平均寿命で言ったって、あと25年以上はあるんだ。
もう少し、先へ進むような絵が描けると思っているんだ。

期待していてくれ!

俺は、あの頃と変わりなく・・・みんなのことを想い、
つうか、特にお気に入りだった、あいつらのことを想い、
もうダメだ!と思った時でさえ、ひと息帰ることが出来ている。


今日は、昔の写真を整理しなきゃいけないことがあって、
みんなのことを想い出してしまったんだ・・・懐かしくて・・・

過去を懐かしんで、ちょっとでも立ち止まるなんて、
自分が好きなことじゃないけれど、なんだかなぁ!
やっぱ、あの頃は自分自身の黄金期だったのかもな~

でも、あっと言う間に、想い出は現実に引き戻されるし、
どうしたって、今に向き合わなきゃいけないんだ!

さぁ!俺は、もう少し精一杯の力で駆けていこうと思ってる。
54才のこの体には、ちょ~~~っとキツイけれど、
そこら辺の誰かよりは、早く走れる気がしてるぜ!

HEY! HO! LET's GO! HEY! HO! LET's GO!
そこら辺の誰かよりは、早く走れる気がしてるぜ!
HEY! HO! LET's GO! HEY! HO! LET's GO!
HEY! HO! LET's GO! HEY! HO! LET's GO!
HEY! HO! LET's GO! HEY! HO! LET's GO!


HEY! HO! LET's GO! HEY! HO! LET's GO!

まだまだ!俺は、もっともっと進んで行くぜ!

期待しててくれ!俺は、もう少し、お前たちの先生でいたいんだ!

いや・・・ずっとずっと、お前たちの先生でいたいんだ!


HEY! HO! LET's GO! HEY! HO! LET's GO!
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by ynfoil | 2014-05-21 06:25 | 日記 | Comments(0)

こどもの日に

僕が生まれる前、兄たちが子供の頃は、
父は神主で、山のふもとの神社の社務所に住んでいた。
母はいつも社務所の畑を耕したりして家にいたし、
近所の人たちにも恵まれて兄たちは割りとかまわれて育った。

その後、父は元々継ぎたくなかった神主をやめてしまい、
公務員試験を受けて市役所勤めすることになり、町に引っ越した。
その頃に、僕は生まれたのだった。
親は共働きになり、自分はかまってもらう時間もなく、
まったくの放任主義の下で育ってしまった。

ほんとうに一人ぼっちで過ごした時間が多かったのだけれども、
それが当たり前だったので、寂しいという感覚を持ったことがなく、
自然や動物たちと戯れることが好きな子どもだった。

僕の記憶は、借家暮らしを経て、
丘の上に小さい平屋の持ち家を建てて引っ越した3歳頃から始まる。
だだっ広いなだらかな丘の上に、家がポツンポツンと数件建っていた。
隣の家には羊がいて、近くには馬を飼っている家もあった。

それが、小学校を卒業する頃には、でこぼこ道は舗装され、
小川はコンクリートのU字溝に変わり、新しい道もどんどん出来て、
あっと言う間に普通の住宅街になってしまった。

けれども、そういう変化を僕は喜び、舗装されたばかりの道路で、
暗くなるまで、ただただ自転車に乗るだけで遊んでいられたし、
どんどん延びていく企画サイズのU字溝は、
未来へ繋がる新幹線の線路の様に見えた。

平屋の家も、増築して2階建てになり、カラーテレビやステレオがやって来た。
ラジオから流れる歌を待つことも少なくなり、レコードを買い始めた。
カセット・レコーダーが発売され、友だちとレコードの貸し借りをして、録音した。
母が買ってくる服を嫌がるようになり、自分で服を選ぶようになった。

そうだ。
小学校の頃、学期初めに配られた教科書に、
母は取って置いたデパートのきれいな包装紙で、
一冊一冊、カバーを作ってくれていた。

けれども、それもいつからか、みんなが使っている、
市販のファンシーなビニール製のカバーにしてしまった。

友だちと持っているような刺繍付のバックを作ってと、
和裁しか出来ない母に頼んだりして困らせたりもした。
母はとても素朴なひまわりが刺繍されたバックを作ってくれたが、
僕の心は、それを受け取った後でやっと痛み始めた。

家のトイレで小便器の前に立ち、夕暮れ時におしっこをする時、
開け放たれた窓の向こう、岩木山に沈む夕日の光を受けながら、
僕はいつも胸が痛くなってしまう。

橙色の光に顔を照らされながら、
母のことを想うことを胸が痛くなってしまう。

貧しい農家に生まれ、成績が良かったにも関わらず、親に進学を許されず、
先生方がとにかく入学試験を受けさせてあげてと頼み込んで、
女学校の入学試験を受けには受けたが、
試験当日に、きれいな服を着た町の娘さんたちを前に、萎縮してしまい、
面接で意味不明でチンプンカンプンな答えを連発した田舎娘。
運動の試験では、やはり体操着というものを着た娘さんたちを前に、
自分の着ている服が恥ずかしくて、何もできなかった母。

僕の新しい教科書に、きれいにたたんで取り置いていた包装紙で、
カバーを付けていく時の気持ちは、どんなだったろうか。

日が沈んで家の中が暗くなると、
低い飯台に上がって、背伸びして電燈から伸びた紐を引く。
部屋の中は優しい光で別世界のように明るくなり、
そろそろ仕事から母が会社から帰ってくる頃だ、
兄たちが部活を終えて学校から帰ってくる頃だ、
そう思いながら、猫と戯れていたっけなぁ。

あ、そうだ。
父はもっと遅くに、酔っ払って帰って来てたなぁ。

僕が寝た後に、折り詰めの寿司とか持って帰ってきていた。
兄たちは、夜食のようにその寿司を食べ、
次の日の朝に、残っていたガリを食べていた僕は、
けっこう長いこと、『ガリ』のことを『寿司』だと思っていた。


今も、夕暮れ時になると、
あの頃の風景が蘇えってきて、
僕は、そこに飛び込みたくなってしまう。
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by ynfoil | 2014-05-05 02:24 | 日記 | Comments(0)

4月 22日 早朝

ひっさびさに、10代な気持ちに戻ってしまったなふ。
めっちゃ描きまくって、疲れ果てたら寝るベツ!

HHL’sG!


つうか、10代の気持ちは20代でも持っていたし、
大学出てドイツ行って、30過ぎても持っていた。
40才で日本に帰って来た時も、しっかりとその気持ちはあった。
ん~10代って歳を、規定するんじゃなくて、あの青臭い気持ちは、
やっぱ今もこの胸の中に在り続けている!って再確認。

そんな幸せに、無茶を!


深夜の窓に、まるで真っ暗な窓の向こうを覗く時に、
54歳の、自分そっくりの顔が映ってる窓の向こうに、
これからの未来も映っているのか。

いやぁ~未来なんて映ってないべさ。
未来はまだ、存在なんかしてなくて、
映っているのは、過去から延々と続いてきた物語だ。


つうことで、若き仲間に告ぐ!

自分がやってることは、 いつだって、

自分より若き、仲間たちに告ぐ!     なのだ。

嗚呼、まだ眠くはないが、

ここでは言っておく!    なのだ。


「グナイ!」      さぁ、自由時間!



・・・でも、最近思うことがある。

この時間、起きているのはこの経度に数人だけじゃないのかって。

ぼんやりと空想なんかしつつ、PC画面を見つめてるのは。

数なんて嘘っぱちで、フォロワーの数なんてまやかしで、
自分だけしか、この画面もあの画面も、自分だけしか見てないじゃないか。


やっぱな・・・

やっぱ、自分の眼に見えていることを、
それが、自分だけにしか、見えていないかもにせよ、

それを信じて、この眼を信じて、進まなきゃ自分じゃないよな!

自分が、自分であるために!  って、明けゆく空に誓う!  なのだ!


あいつの絵を、「・・・だって、なんかさ、いっつも酒飲んで酔っ払ってるじゃん!」
・・・って、売り飛ばしてしまった人は、美術に対して大きな愛を持つ!
本当の愛を持っているんだ。

愛だぜ!やっぱ、『愛』ってのは、無償なんだよ!そうして、俺も愛を持つ!
と、自覚して・・・天にも昇る良い気持ち・・・な、単細胞・だ・け・れ・ど・も!


作品と生活の関係は、いつの時代も正直にあらわれる・・・嗚呼、明日は我が身!

・・・で、いい気になって語ってみても、眠くもある、自然の摂理なふ、なんだなぁ~。
  

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本気にグナイ!



・・・そういうことに対して、俺は、禁欲主義を貫くぜ!
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by ynfoil | 2014-04-22 05:01 | 日記 | Comments(0)

森美術館 GO-BETWEENS展からの聞かれて答えた 『好きだった絵本』10冊



ミレナ・ルケショバー 『おんなのことあめ』 ほるぷ出版 絵・ヤン・クドゥラーチェク

バージニア・リー・バートン   『ちいさいおうち』
 『せいめいのれきし』    共に 岩波書店

茂田井武 『夢の絵本―全世界子供大会への紹介状』  架空社

グリム童話 『おおかみと七ひきのこやぎ』  福音館  絵・フェリクス・ホフマン

マリー・ホール・エッツ  『もりのなか』  福音館 

H.C.アンデルセン 『人魚姫』 講談社の絵本・ゴールド版  絵・大日向明

コドモノクニ名作選 vol.1~5         アシェット婦人画報社

構成・文 飯沢匡 『トッパンの人形絵本―あらじんとふしぎならんぷ』 フレーベル館 1962年

最近のもの

くろだかおる 『ゆうれいとすいか』 ひかりのくに 絵・せなけいこ
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by ynfoil | 2014-04-13 23:41 | 日記 | Comments(0)

早春賦 (1913年・吉丸一昌作)


春は名のみの風の寒さや   
谷の鶯歌は思へど      
時にあらずと声も立てず  
時にあらずと声も立てず  

氷解け去り葦は角ぐむ   
さては時ぞと思ふあやにく 
今日もきのふも雪の空   
今日もきのふも雪の空   

春と聞かねば知らでありしを
聞けば急かるる胸の思を  
いかにせよとのこの頃か  
いかにせよとのこの頃か
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by ynfoil | 2014-03-21 02:30 | 日記 | Comments(0)

3月20日


夜が明けていく、この黎明な時間帯。
幾度となくこの時間帯に、自分は自意識を「キヲツケ!」させてきた。

今日は数えて何度目の、この時間帯なのだろう。

体も心もボロボロに近くなってしまって、
思うように体と心が繋がってくれないし、
一体、このちっぽけな気力をどう増幅させればいいのだ?

音楽や文学や・・・友人たちの力を借りて、立ち上がる。

ダメになっちまうには、俺がダメになっちまうには、
今までにダメになっちまった奴らのレベルが低すぎるぜ!

も~~~少し、気合入れて行ってみようじゃないか!
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by ynfoil | 2014-03-20 05:47 | 日記 | Comments(0)