奈良美智の日々

カテゴリ:日記( 168 )

ずっと夢を見て 安心してた

なかなか絵が描けなくて 描きたいんだけど描けなくて
単純に 目の方が実技の力より肥えたってことなんだけど

好きなことをしてるはずなんだけど 楽しめなくちゃ続かないよ
苦しさ通り越して得る あの楽しさを知ってる

さぁ どこで遊ぼう ここの天井見上げるの飽きてきた

体が言うこときかなくて クリアーに神経が繋がんなくて
単純に よる年波には勝てなくなってるってことなんだけど

昔に比べれば何でも手に入って 物は豊富だけどね
何にもないほうが 生み出せるってこと知ってる
[PR]
by ynfoil | 2009-05-07 04:02 | 日記 | Comments(0)

2009年 5月4日


さっきまでの青空は 暗い夜に反転してしまっている
時は曲がり角を曲がって 急に姿をあらわすものなのさ
この道がそこでおしまいだってことは知っている
賢い人々がいつも囁き合っているからね

一晩中踊り狂うことにも疲れ果て 過ぎゆく時をぼんやり感じている
重くなっていく瞼をなるたけ重力に逆らわせて 過ぎゆく時を瞳に映しているんだ

アーメン ソーメン 冷ソーメン




二階の窓から通りを見れば
頭の欠けた三日月猫と足の短い蛇腹犬

窓の向こうの風景が溶けだしていく
[PR]
by ynfoil | 2009-05-04 23:49 | 日記 | Comments(0)

自分のやれることを一生懸命にだよな!

みんな、迷ったり悩んだりと忙しいなぁ~~~~~~~~
生きるか死ぬかで時間が止まってる人たちもいるというのに!

嗚呼!アフガニスタンじゃ、米軍の空爆が続いているけど。
この平和日本じゃニュースにもならないね!

この地球の上に暮らしてるみんなの上、太陽の光は平等に降り注ぐ。
でも、それだけじゃ足りないのかい?

僕は何をするでもなく、ただただゆっくりと自分のペースで絵とかを描いてる・・・
そして、こんなふうに美術界を思ってたりする・・・

大きく宣伝して人を呼ぶのもありだけど、僕の思う表現と発表というのはちょっと違う。
まず愛すべき隣人に届くかどうかなんだ。
もちろん、それ以前に自分の心に届いてなきゃ始まらないんだ。

今描いてるドローイング。
紙に鉛筆だけの素朴なドローイング。
それでも心を込めるドローイング。
遥か彼方のあの空の下にちゃんと届いてほしい。

やるだけやって願うべし!
[PR]
by ynfoil | 2009-04-10 04:15 | 日記 | Comments(0)

君が僕を知ってる

エイプリル・フールに書くとなんかうそっぽい気がして、時計の針が12時回って2日になってから書いてる。

A to Zが終わって、金沢から帰ったあたりから古いレコードを整理し始めて、ここんとこ懐かしくも色あせない曲をよく聴いてた。それはどちらかというと優しい曲が多かったんだけど、NYのことがあってRCサクセションの『君が僕を知ってる』とかGREEN DAYの『Walking Alone』が心に染みすぎるほど染みる~。『Walking Alone』は99年に資生堂でやった個展のタイトルだったなぁ・・・。でも極めつけはSTAR CLUBの『Tokyo Midnight XX street』だぜ!

どうも優等生になろうとしてたんだろうな。元々そんなんじゃないのに、良い子になろうとしてた。だから必要以上に苦しんで、罵倒する連中にもわかってもらおうとか思ってたんだね。今はそんなことは思わない。そして僕の作品を好きでいてくれる人たちがいて良かったと実感して感謝している。最初はひどく苦しんで胃に穴があくほどだったけど、今は驚くほどに大丈夫。でもメディアに対する嫌悪感はずっと続くだろうと思う。なんか美術番組のTV出演とか雑誌のインタヴューとかの話があったけど、みんな断ってしまった。

先月の27日でNYの個展も終わりました。あれから1ヶ月か・・・。今年はアイスランドのレイキャヴィックの美術館とオーストラリアのブリスベンで開催されるアジア・パシフィック・トリエンナーレにYNGで出品するくらいかな。あ!夏に愛知県美術館でグループ展がある!日本の大学の恩師の櫃田伸也先生(といっても一度も受け持ってもらったことがない)をリスペクトする展覧会。企画は杉戸と森北(杉戸は日本画科、森北は彫刻科で、やっぱ櫃田先生には受け持ってもらったことがない・・・)。受け持ってもらったことがないのに、なぜに恩師!なのか!?それは、この展覧会を観ればきっとわかるはずなんだな~。加藤美香や小林孝亘、村瀬恭子ちゃんも出ます!

名古屋時代、河合塾で先生してた時の主任、友だちの栗木さんの家から発掘された学生時代の恥ずかし~い作品が杉戸洋キュレーションで展示されます。つうか、僕も先生の部屋!みたいな展示を担当していた!がんばんなきゃ!


Sometimes I need to apologize
Sometimes I need to admit that I am not right
Sometimes I should just keep my mouth shut or only say hello
Sometimes I still feel I am walking alone
[PR]
by ynfoil | 2009-04-02 04:08 | 日記 | Comments(0)

もうすぐニューヨーク

ニューヨーク用の絵を描いてる。
別にニューヨークのために描いてるってわけじゃないんだけど、描いてる。
送るのは4枚か5枚だけど、今は6枚目を描いてる。

当たり前だけど、展覧会のために!って描くのはいやだ。
当たり前だけど、描きたいから手が動いて描く!ってのが良い。

ギャラリーとかに描かされてる気がしたら辞めたほうがいい。
評価やオーディエンスが気になりだしたら、裸になってランニングしたらいい。

みんながローリング・ストーンズの映画を観に行ってる頃、僕はロニー・レーンを観ていたんだ。
フェイセズが絶頂期で、ずっとそこにいたらスターの座は約束されてたロニー。
時々僕は、彼がとった行動に自分を重ね合わせていたようだ。

そして、今日はFLOGGING MOLLYを聴きながら筆を持つ。

すべてがうまくいくわけないけどね・・・
この手のひらの上じゃ、最低限うまく自分の想いをころがせなきゃ
[PR]
by ynfoil | 2009-02-06 04:11 | 日記 | Comments(0)

2009年1月15日

大量に印刷される(生産される)イメージにインスパイヤーされたものは、完成度を増すにつれおのずとそのような方向へ回帰していく。僕にとっての本やTシャツやグッズがそうだ。気がつけば、それは自己を離れて大衆の中に存在している。飽きれば捨てられることもあるし、ずっと大切にされることもある。金になるとわかればあっさり売られることもあるし、価値づけが所有欲を満足させることもある。

僕を形作っている半分はそのようなもので出来ている。そして残りの半分はそのアンチであり、対極にある。

70年代、ビッグなミュージシャンたちの降り注ぐようなプロモーションに飲み込まれていくオーディエンス。ポップになり巨大化していく音楽産業に嫌気を覚えていった僕は、マイナーなレコードレーベルがノンプロモーションでリリースする音楽に興味を持った。それらの音楽は、良ければ口コミで伝わっていく。それは手作りの土臭いものだったり、時代を超えて存在するルーツ・ミュージックだったりした。世間の流行とはかけ離れてはいたが、人間的な香りがした。過度にプロデュースされたものにはない、素朴で真摯なものだ。僕が集めていたレコードの大半はラジオでは流れないものだった。宣伝されるものでもないから、こちらから積極的に探さなくてはいけなかった。レコード屋さんに通って試聴させてもらったり、その手の情報が載っている売れそうにもない雑誌を探した。その頃にはロックスターがカラーページでドバッと載ってるような雑誌には見向きもしなくなっていた・・・ことはないな、立ち読みはしていた。広告に毎度のことのように顔を出す「何年にひとりの逸材!とか天才!」とかいう言葉を見つけると妙に悲しくなった。そんなことは、その何年か経ってみてからじゃなきゃわからないのにね。


商業主義に飲み込まれて加速度的にポップ化していく美術界に対して僕は否定的だ。しかし、創造する側の価値観も、取り巻く環境によって確実に変わっていくのも事実だろう。


何も考えず「自分の絵がグッズになる!自分でも欲しい!」と、安易にOKした製品たちについて経済的な質問を受ける時、心は無性に虚しくなっていく。絵の内容についてではなく、その価格や売れ行きについての会話もそうだ。とにかく、じっくりと向き合える絵や、感じられるドローイングを描いていきたい。


90年代に描いた絵には、なにかしら魔法がかかっていた気がする。観る側が一対一で会話できるような魔法。その絵は今に比べると稚拙で出来不出来が激しかった。でも個人に訴えかけるものが今より確かに大きかったと思う。70年代、イギリスにHeronというフォーク・バンドがいた。
1stアルバムはスタジオではなく野外で録音された。曲の合間には鳥のさえずりが聞こえて、まるで外にいて木漏れ日の中で寝転びながら聴いてるようだった。そのアルバムには確実に魔法がかかっていた。
彼らの2ndも素晴らしい出来ではあったが、その魔法はかけられてはいなかった・・・。

僕は再び自分の描く絵に魔法をかけられるだろうか。見た目の完成度や専門家の評価や売れるとか売れないとかではなく、原石が時おり放つ一瞬の輝きにも似たもの。人生の半分を折り返して、再びあの場所へ歩いていけるのだろうか。

・・・でも、やっぱどうでもいいや~♪
[PR]
by ynfoil | 2009-01-15 20:52 | 日記 | Comments(0)

世喜(セヒ)の詩

ソウルから届いたセヒの詩を読み返している・・・
この詩って、A to Zの前にもらったんだよな・・・・・
セヒは小学1年生くらいだよな・・・すごいなぁ・・・


 暗い心に   詩・全世喜

みなさんも思いましたか
明るい心の灯りを消すということは

自分の能力と考えを
無くすようにさせることを

さあ、これから私が詩をひとつ書いてみますね

-暗い夜に-

暗い夜は
真っ暗です

冷え冷えとしています

暗い夜のせいで
私の心も薄暗くなります

そんな時は心の扉を開いて
暖かいロウソクの灯りを頭の中に描きます

すると心の中に明るい灯の光が入ってきます
想像してみてください
[PR]
by ynfoil | 2008-02-17 04:13 | 日記 | Comments(0)

猫の顔 見て思い出す 孫の顔


7日早朝 祖母永眠す。

「猫の顔 見て思い出す 孫の顔」

彼女が元気な頃、20年近く前かなぁ。
老人が集まる勉強会みたいなところで、彼女は俳句のようなものを作った。
その会の会報のようなものにその歌は載っていた。
歌の意味はよくわからなかったんだけど、とても面白く感じたのでずっと憶えていた。

今その意味が急にわかった。

その頃僕は瀬戸の近くに住んでいたので、久しぶりの帰郷の際に瀬戸物の招き猫を買って帰った。
そして祖父と祖母の家におみやげに持っていって、居間のテレビの上にのっけておいたのだ。

縦にひょろっとした古いタイプの招き猫。

祖母の詠んだ歌の猫は、あの招き猫だったのだ。
きっとそうに違いない。
ずっと忘れられなかったあの歌は、そういう意味だったのだ。

祖母に聞くことはもう出来ないけれど、きっとそうなんだと思う。

そういえばあの時、僕は彼女が作ったマスコットの猫人形を2匹もらった・・・
[PR]
by ynfoil | 2001-02-10 01:42 | 日記 | Comments(0)