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奈良美智の日々

Do you have the time to listen to me whine...

俺は、あの頃のBJのように、いつまでも狂ったようにマジな瞳でいたいんだ

Green Day - Basket Case

笑いたい奴は、笑えばいいさ

嘲笑するように、笑ってくれよ

降りかかるその笑いは、あの頃に味わった快感さ

あの頃の自分に、つば吐き掛けていった奴らはどうしてる?

笑いたい奴は、大声で笑ってくれよ

今の俺には、それが快感さ

俺はパラノイアなんかじゃないぜ

頭の固い連中の前に立たされて、しどろもどろしてただけさ

今は天国のようでさ、ほんとに遠くに来ちまったんだな


俺はまだまだマジな瞳でいるぜ

自分の幸せに沿って生きてる、冒険を忘れた奴らに一言

かつては同じように、道無き道を歩いてた奴らに一言

「お幸せに~~~~!」

自分以外がみんな、ほんとに幸せであれば、この自分もほんとに幸せになれる気がする

だから、俺はまだまだ、幸せじゃないぜ



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# by ynfoil | 2014-11-19 05:13 | 日記

11月18日

ちょっと弱音を吐いたら、懐かしい仲間からのメール。
小林もむっちゃんも、絵を描くことに対して誠実だ。

俺は、どうやって過去の自分と今の自分に肩を組ませて、嘘のない合言葉を唱えればいいのか?
俺は、俺であるために、何度と理想的な俺を配役にして、ほんとの俺をないがしろにしてきたのか?
絵を描くこと、自分と戦うことに対して、誠実に向かい合わなきゃいけないぜ!

遠く離れていても、めったに会うことがなくても、自分はひとりじゃないと感じる。

人生の余興を楽しむことなく、それぞれの分野で己の道に全力を傾ける仲間たち。
そういう人々が、世の人々を楽しませているのだと思う。

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# by ynfoil | 2014-11-18 23:01 | 日記

11月15日

小林孝亘個展『私たちを夢見る夢』を観てきた。

横須賀美術館は初めてだった。
とても清潔な雰囲気の美術館で、小林の絵画の誠実さにマッチしている。
絵画を鑑賞するというよりも、その絵画の描かれた年を確かめて、
彼の歩んできた道のりと時間を、体感しようとしている自分がいた。

むっちゃんの2010年の豊田市美術館での個展も頭を横切って、
あの学生時代に同じ空気の中にいた僕らが、まだまだそこにいるようで感傷的になっちゃうな。

小林の大学時代の4年間には、密接に関わっている気がするけれども、
卒業以降の彼には、(もちろん幾つかの展覧会は観に行ったが)個人的には疎遠だった。

彼の絵の流れは、実際の歳月の流れに沿うように、自然に感じられた。

現代の美術がどうとかこうとか、そういうことではなく、
ましてやオーディエンスを意識して表現する、ということでもなく、
己の興味に真剣に対峙して、検証していく、形にする姿勢。

あの頃、愛知県の片田舎で、京都や東京の学生アートシーンを夢のように思いながら、
この世には既にいない近代の画家たちに想いを馳せていた、時代遅れの画学生の自分たち。

こうして、小林やむっちゃんに、あいつやこいつ、あの頃の仲間たちを思う時、
どんだけ感傷的になってしまっても、いいじゃないか?

だって、俺たちはまだまだ、あの頃の延長に居て、絵を描き続けているんだからさ。
そして、あの頃の古臭い頭の俺たちよりは、ずっと現代社会に生きているんだからさ。

Ah, but I was so much older then, I'm younger than that now.






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# by ynfoil | 2014-11-15 23:57 | 日記

JUST CAME BACK !


北海道から 東京から アメリカから イギリスから

台湾から 青森から 福島から そして高知から 俺は帰って来た。

自分の心の中へ続く道を通って このスタジオに帰って来た。


自主運営ギャラリー、沢田マンションギャラリー room 38のみんな。
奈良美智展高知実行委員会を作り、県からの助成金も1度は落ちたが、
再チャレンジして獲得し、企画を進め実現させた。

作品の運搬、保険、僕の交通費に滞在費等々、
満員御礼の講演会の入場収入もあって赤字は無かった。

久々の小さいスペースでの個展と、彼らとの協同作業は、
震災後に母校で滞在制作したように、自分を再生させてくれた。
沢田マンションギャラリーroom 38は、クリエイター有志による自主運営で成り立っている。
みんなそれぞれに働きながら制作し、ギャラリーの運営に携わっている。
そして、彼らは沢マン祭りというイベントも同時に行ったのだ。


ここ数年は、ちょっと気を抜くと、すぐに初心は消えてしまいそうになっていた。

馬鹿みたいに、何度でもここに書いて、俺は自分に言う。



 NEVER FORGET YOUR BEGINNER'S SPIRIT !
 NEVER FORGET YOUR BEGINNER'S SPIRIT !
 NEVER FORGET YOUR BEGINNER'S SPIRIT !
 NEVER FORGET YOUR BEGINNER'S SPIRIT !
 NEVER FORGET YOUR BEGINNER'S SPIRIT !
 NEVER FORGET YOUR BEGINNER'S SPIRIT !
 NEVER FORGET YOUR BEGINNER'S SPIRIT !
 NEVER FORGET YOUR BEGINNER'S SPIRIT !
 NEVER FORGET YOUR BEGINNER'S SPIRIT !
 NEVER FORGET YOUR BEGINNER'S SPIRIT !
 NEVER FORGET YOUR BEGINNER'S SPIRIT !
 NEVER FORGET YOUR BEGINNER'S SPIRIT !

つうか、馬鹿でいいのだ。馬鹿になんなきゃ、いかんのだ!

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# by ynfoil | 2014-11-12 04:08 | 日記

2014年 10月23日

人より先に、時代の空気に求められていたと思える90年代。
自分の絵はまさしくタイムリーだった。
そして、人に求められるようになり、
流行のような波に乗って、数年前に落ち着いた。

忘れられていくとは思わないが、定着したとも思えない。
定着したのは自分という作家ではなく、表面的な自分の絵のイメージだ。
そして、そこから生まれた後追い達の描くイメージだ。

どうしても悲観的に考えてしまうけれども、
周りのことは、楽観的に考えるよりはいい。

さて、自分はどこへ向かっていくのだろう。

自分の作品たちは、鑑賞者とちゃんと通じあっているんだろうか。

何かを求める人たちは、実にいろんなものを求めて生きていて、
自分の絵は、一時的に求められるものでありたくはないし、
普遍的なものでありたいのだけれども・・・

そんなことを考えることは、自分の眼を曇らすだけだ。
俺は、人を相手にしているんじゃなくて、
自分自身を相手にしているんじゃなかったのか?

鑑賞者に依存するような自分になっちゃおしまいだ。
そんな気持ちを持ったら、それは自意識過剰野郎だ。
いつかこの世から消える自分、を見せるんじゃなくて、
自分が消えても残っていくものを作りあげなきゃ!

ただただ、描きたいものを、描きたいふうに描く。
ただの作業にならないように気をつけて、
技術で描こうとせず、描きたい気持ちで描くべし!

今まで自分の心に響いてきた画家たちのように!
テレビの画面やメディアの中は架空の世界だ。
目の前にあるものや、鏡に映る自分と会話して、
そこから形を作っていくべきじゃないか、自分!

そんなこと、ずっと前からわかってる・・・

時間の進み方が早くなっていってる。
そして、絵は・・・全然うまくいってくれない。

世の中はどんどん変わっていってる。
自分はそんな流れに逆行してる気がする。

つうか、逆行したいんだ。
・・・と言ってしまうのは、ちょっと安直過ぎる。

なんだろうか・・・過去をもっと引っ張りたい。
もっと記憶の深く、感情を再び確かめたい。
記憶の中にある、映像や心の流れ。

反芻したいんだ。

記憶にはそれだけの価値があるんだ。
そして、自分はまだまだ顧みれていないんだ。

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# by ynfoil | 2014-10-23 22:48 | 日記

Rachel Corrieのこと

Rachel Corrie Tribute


この↑動画を親切な人が日本語に訳してくれました。


最初の小学生Rachelの演説  

私は他の子ども達のためにここにいます。
私はいろんなところにいる苦しんでいる子ども達のことを大切に思うからここにいます。
4万人の飢えている子ども達のために。
私は苦しんでいる人のほとんどが子どもだからここにいます。
私たちのまわりにある貧困を理解しなければならない、私たちはそういうことに無関心でいます。
私たちは、これらの死は防ぎようがあるということも知らなければならない。
私たちは、第三国にいる人々も私たちと同じように、考えたり、思いやり、
笑ったり、泣いたりするということを知っていなければならない。
私たちは、彼らが私たちで、また私たちが彼らであるということを理解しなければならない。
私の夢は、2000年までに飢えを無くすことです。
私の夢は、貧困の人々にチャンスをもたらすことです。
私の夢は、毎日亡くなる4万人の人々を救うことです。
みんなが未来を見て、そこに輝く光を見ることができれば、私の夢は叶うと思います。


そして、6:41からのパレスチナ少女の訴え 

爆撃が窓をこわしてしまったよ。
ぜんぶ壊れて、燃えたよ。
なんで、あの人たちは私のものを壊すの?おもちゃも!
私の物がたくさんなくなっちゃったよ。
全部ゴミ箱に捨てなくちゃいけなくなっちゃったよ。
お洋服もぜんぶ始末しなくちゃいけなくなったよ。
着るもののために近所の人に頼みこまなくちゃいけないんだよ。
いつも食べるものだってガソリンの臭いがするんだよ。
ガソリンの臭いのする洋服すら捨てたくないんだよ。
この臭いかいてみればいいよ!
イスラエルの人にこの臭いを嗅がせて、この家を見せてやりたいよ。
家でシャワーする時だって、何する時だってガソリンの臭いで死にそうになるよ。
ここにきて、私の服を見てよ。臭いを嗅いでみてよ!ガソリンだよ。
どうしろっていうの?
お父さんが私に買ってくれたサングラスだって、お母さんがくれたネックレスやブレスレットだって、
指輪だってなんにも楽しめないんだから!!
どうやって、私のものを喜んで使えって言うの?どうやって??
私たちのものをどう楽しめって言うの?
学校に行くときだって銃撃の音を聞くよ。
私はものすごく恐くなって、震えてどうしようもなくなるの。


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# by ynfoil | 2014-08-03 02:34 | 日記

8月1日


いつものことだけれども、制作はサクサクとは進まない。
そう、ほんとにいつものことだ。

世の中のいろんなことに、目が奪われ過ぎている。
でも、眼を反らしてはいけないことがある。

レゾネを開いて、過去のドローイングを見てみる。
改めて、戦争反対をテーマにしたものが多いことに気付く。
自分はいつだって戦争反対だったじゃないか!

ガザやウクライナのことでTwitterを埋めていくと、
面白いようにフォロワーの数が減っていく。
フォローを解除する彼らは、戦争賛成なんかじゃなくて、
単純にそういうものを見たくないだけなんだろう。

しかし、僕は見る。
ガザで生きる医師のツイートも、少女のツイートも。

決して、自分が何か救済できるとは思っていない。
ただ、何が起こっているのかを見る。

自分は右翼でも左翼でもない。
力によらない世界平和を望んでいるだけなんだ。

かつてヨーロッパに12年間住んで、
一度も日本という国家を誇れることはなかった。
国家、政を行う政治家たちを誇ることは出来なかったが、
日本の文化、伝統、革新していく技術に、働く人々、
それと、田舎に住む普通の人々の暮らしは、
かのクール・ジャパンよりも、胸を張って誇ることが出来た。
というよりも、ヨーロッパで出会った人々が、
そういう日本を称賛してくれたのだ。

日本を離れたことで、ドメスティックな考えに陥らず、
ヨーロッパ的な視野で母国を見ることが出来ていたと思う。
また、韓国や中国、他のアジアの留学生と接して、
アジア諸国から見た日本も感じることが出来た。

留学生という、異国の中での同じ境遇で語り合うということは、
その地でのマイノリティという共通意識が作用して、
極めて自然に、人間同士として話していた。
彼らの母国に在る観念的な日本像を超えて、
彼ら自身が彼ら個人の考えを持つことが出来ていたからだとも思う。

僕自身、元々は自由主義者のように適当に生きてきた。
けれども真に自由や平等や友愛に関して考えるようになったのは、
12年という時間を、ドイツ人やアジア人たちと接してきたからに違いない。

「あなたは、何人か?」と聞かれれば、
「国籍は日本人だが、基本的に自分は人間だ」と答える。
「大和民族か?」と問われれば、
「わからない。自分は人間だ」と答え続ける。

僕の祖先は、ずっと東北の果て青森に住み続けていた。
大和ではなく、蝦夷(えみし)と呼ばれた人々が祖先だろう。
けれども、僕は国や民族の中に自分を埋め込みたくはない。

ずっと「自分は、人間だ」と答え続けるだろう。
何故なら、その「人間」という言葉が好きだから。
この地球上に住む生物の中で、
唯一「夢」を持つことが出来る生き物、
それが「人間」だから。

ずっと「人間」でありたい。


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# by ynfoil | 2014-08-01 05:25 | 日記

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